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HOME > 私的・すてき人一覧 > Sho Kitta(喜多 翔) 本名・北村翔さん

私的・すてき人

いつか、ラスベガスで観客をとりこにしたい!

File.130

マジシャン

Sho Kitta(喜多 翔) 本名・北村翔さん [ニューヨーク在住]

公式サイト: http://shokitta.com/

プロフィール

1992年 堺市出身
2007年 赤坂台中学3年の時「舞夢プロ」養成所に 
2010年 高校卒業後、中国・上海の復旦大学入学
2014年 フィリピン、ロンドンなど各地でマジックと語学を学ぶ 
2015年 ニューヨークを拠点にマジシャンとしての活動を開始 
    日本とアメリカを往復しながら、ショーを続けている

ひとりのマジシャンと出会ったことで、人生が変わった。
 
その名は今もロンドンでプロとして活躍する、84歳のジャック・デルヴィン(Jack Delvin)氏。
 
「ネタは丸見え、トシで手は震えてるし、台本は覚えてないし…なのにお客さんは楽しそうで、めちゃウケてる。これってなんでやろうって。何より本人がすごく楽しそうにマジックをやってるんですよ」
 
完璧さや技術の高さばかりを求めがちな日本と違って、ここにはマジシャンのキャラクターやショーを楽しむ人たちがいる…
 
「自分のなかでマジックの意味が、完全に覆されたんです。ほんとに大事なのは技術よりも、マジシャンの個性そのもの。どれだけ人を楽しくさせるか、ワクワクさせるか…」
 
いつかラスベガスで観客をとりこにしたい――彼が見つめているのは間違いなく“世界”の舞台だ。

マジックの面白さに目覚めた中学時代

彼が中学の時といえば、ちょうど「Mr.マリック」が冠番組を持つほど、マジックが視聴率を稼いでいた頃。

「テレビ見て、うわぁ面白いなって思ったのがきっかけでした。たまたま友だちに結構マジックがうまいヤツがいて、今も谷町にある『フレンチドロップ』っていうマジックバーを紹介してもらったんです」
 
そこで月二回開かれるマジック教室に通うようになると、ますますその魅力にハマっていった。
 
だが意外やもともとは、人前に立つのが苦手で、声も小さいシャいな性格。団体行動も苦手で、人との価値観や考え方の違いにとまどったことも。
 
「マジシャンになる前に、まずそこを鍛えよう」と思い立ち、タレント事務所「舞夢プロ」養成部に通い始めたのが、中学3年生の時。
 
「4年間演技やボイストレーニング、カメラ実習を習いました。今になってみれば、その経験がスゴく生きてるなって思うんです」
 
そして高校三年、誰にでも岐路がやってくる。
 
「一応、大学の推薦試験も受けたんです。その時論文に『世界で認められるマジシャンになりたい』って書いたら、面接で『本当になりたいなら、ここは君の来るところじゃないよ』っていわれて。その帰り道、絶対プロのマジシャンとして成功して見せるぞ!って決心しました」
 
ならば、マジックの修業に行くのかと思いきや、なんと中国に語学留学することに。
 
実は彼の母は中国人。「ハーフなのに中国語が全くしゃべれない。それもなんかおかしいなと思っていて」
 
母親のすすめもあって、中国の复旦大学(ふくたんだいがく)で勉強をスタートした。
「これがまあ、最悪だったんですよ。最初の半年は何回心が折れたか…虫は這い出る、水は漏れるのおんぼろアパート。
 
しかも中国人って慣れるまでは、なかなか心を開いてくれないっていうか。でもその人生最悪な状況を乗り越えたんだから、何があっても平気!逆にどこへでも行けるって思えるようになったのかも」
 
それから1年半、卒業する頃には世界各国の友達ができ、自然と人脈も広がっていた。
 
そして帰国。今度は英語力をつけようと、一年のバイト生活を経てフィリピン、そしてロンドンへと旅立つ。
 
またもやここで、語学学校通い。英語漬けの日々を送ることになる。

目指すはマジックのオリンピック

はたしていつ、マジックにたどり着くのか――だが、この“回り道”こそが思わぬ“出会い”を呼び込むことになる。

それがくだんのプロマジシャン、ジャック・デルヴィン氏。
 
「とにかく自分がマジックを楽しむ、それが大事なんだと。それを見てお客さんも楽しい気分になる。技術だけで人を幸せにはできないなと思ったんです」
 
各地からマジシャンが集まってくる、会員制の名門「マジックサークル(The Magic Circle)」にも、氏の紹介で見習いとして参加を許されたが、正式メンバーになるには厳しいテストに合格せねばならない。
 
「プロとアマチュアの違いって、15分とか、ある一定の時間ショーをできるかって事なんですよ。観客を飽きさせずに、会話をしながらいくつかのネタを披露する。それができて初めてプロって認められるわけです」
 
結果、学校はそっちのけで毎日猛練習を重ね、ロンドンに来て半年で見事合格。「プロのマジシャンとして生きていく」ことが現実として見えてきた瞬間だった。
 
今はニューヨークのレストランで、英語、日本語、中国語を駆使しながらマジックを披露。お客さんに参加してもらいながら、コミカルな会話で笑いを生み出していくのが彼のスタイル。そして時々日本に戻っては、施設や小学校などを回ってボランティア活動も。
 
「いつも新しい場所に行きたくなる」という彼が、今目指しているのはマジックのオリンピックともいわれるFISMの大会。
 
多くの大会を勝ち抜いていかなくては、出場もままならない。
「今、頭のなかはFISMのことでいっぱい。ワクワクがとまらないんです。3年後、韓国で開かれるその世界大会に優勝したい。そしていつかラスベガスの舞台に立ってみたい。それが一番の大きな夢です」
 
タレント養成所、中国留学、ロンドン…回り道に思えたすべてが、今彼の大きな翼となって“世界”を目指す。
 
「マジックをしているその時だけ、拍手をもらって輝ける。そこがクセになるんですよね」
 

2015/11/26 取材・文/花井奈穂子 写真/ 小田原大輔