私的・すてき人

全国の子どもたちに馬頭琴の魅力を伝えたい

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馬頭琴 オルティンドー ホーミー奏者

スレンジャヴ バトスレンさん [大阪府堺市在住]

公式サイト: http://www.eonet.ne.jp/~batsuren/

プロフィール

1981年 モンゴル・セレンゲ県出身
1999年 「ウランバートル文化芸術大学」入学 馬頭琴を学ぶ
2004年 「エルデネット歌劇団」に入団 国内外で演奏活動を行う
2008年 来日  馬頭琴、オルティンドー、ホーミーなど民族音楽を駆使したライブを行うほか、教室も主宰

たった2本の弦だけで、雄大なドラマを紡ぎだす馬頭琴。
残念ながら日本ではあまりなじみのない、この楽器をなんとかメジャーにしたい、たくさんのファンを作りたい…
 
「できるなら全国の小学校をまわって、演奏したい。モンゴルの自然そのものの、美しい響きをたくさんの子どもたちに感じてほしいんです」
 
日本で馬頭琴を弾きこなせる演奏家は、ほんの一握りだという。
そのひとりである彼だからこそ、描ける大きな夢がある。
 
子どもたちの心にモンゴル音楽の種をまく…
 
彼にしかできない“挑戦”がここにある。
 
 

アクシデントが生んだ、馬頭琴との出会い

ゲルと呼ばれる移動式のテント、そして地を駆ける馬のいななき、大地を渡る風…。まるで映画のワンシーンのような雄大な草原で、彼は育った。
11人兄弟の8番目。娯楽の少ない暮らしの中で、一番の楽しみはラジオから時おり流れてくるオルティンドー(伝統的長歌)だった。
 
「長歌は難しいし、日本の民謡と同じであまり若者は歌わない。でも僕は羊を連れながら、毎日それを聞いて練習していました。どうやったらこんな音が出せるんだろう、うまくなれるんだろうって。音楽を聴いていると、自分が解き放たれて自由になれる気がしたんです」
 
とにかく歌うことが大好きで、近くの町で年に一度開かれる「のど自慢大会」では、6年連続チャンピオン。まるで絵本「スーホの白い馬」さながらの遊牧民だった彼にとって、歌は人生を照らす光に見えた。
 
 
やがて歌の道に進むため「ウランバートル文化芸術大学」を受験した時のこと。
まさにその試験の日、ある出来事がおこる。
 
「長歌の試験を受けようと父と会場に行ったら、実は一日前にもう終わってたんです…」
試験日を間違えるなんて、もう絶体絶命の大ピンチ。
困り果てていると「長歌は終わったけど、他のジャンルの試験ならまだ間に合う」と教えられ「あわててまた電車に飛び乗ったんです」
 
 
しかも当日は長歌の試験ではないにもかかわらず、急にアカペラで長歌を歌いだす…というマイペースぶりを発揮。
だがその時出会った教授の“神対応”が、後の彼の人生を決めることになる。
 
「驚くでもなく、馬頭琴を持ってきて伴奏してくれたんです。もともと長歌には、必ず馬頭琴の伴奏が入るからよく知ってはいました。でもその時先生が、僕のために弾いてくれた音色があまりにもきれいで…」
 
てんやわんやの末、才能を認められ無事大学に合格となったが「結局、歌でなく馬頭琴を専攻することになって(笑) あの時の美しい音が忘れられなくて、どうしてもやってみたい!という思いでいっぱいでした」
 
 

音楽は世界中どこででも出来る

「初めは難しくて音が全然出ない。4年間ほんとにシボられました。でもそれは大好きな馬頭琴をやりたいだけ弾ける、あまりにも幸せな時間だったんです」
 
大学を卒業すると国内はもちろん、海外でも多くの演奏活動をしている「エルデネット歌劇団」に入団。
「うまくなりたい一心で、一日8~10時間弾いていることも。大変だったけど、とても楽しかった」
 
その頃つきあっていたのが、実は今の奥さま。観光客として来ていた彼女と大学時代に知り合い、遠距離恋愛中だったのだ。
「僕にとって彼女は初めて見た日本人だったんです。モンゴル人と似てるなあっていうのが第一印象。メールでやりとりするうちに、だんだんその人柄に魅かれていって」
 
歌劇団での演奏は本当に幸せだった。好きなことを仕事にできる、その喜びでいっぱいだった。だが、彼女とも一緒に人生を歩きたい…大きな決断を迫られた。
 
「その時音楽は世界中、どこへ行ってもできるって思った。だから僕は日本で馬頭琴を弾こう!そう決めたんです」
 
 
現在はライブやコンサートのかたわら、大阪はもちろん和歌山、奈良、京都などの小学校に「出前事業」演奏にも出かける。
「初めは見たこともない楽器を前に、子どもたちは興味シンシン。そして弾き始めると今度はスーッと静かになって、目が輝きだすんです」
絵本「スーホの白い馬」と馬頭琴を手に、いつか全国の学校を回りたい。たくさんの子どもたちに、草原のチェロといわれるその美しい音色を届けたい…
 
先日堺東で行われた「堺音楽祭」のステージでは、和太鼓とのセッションも成功させ、大きな拍手を浴びた。これからどんなコラボが生まれるのか、どんなアイデアでモンゴル音楽のファンを増やしていくのか…この先がとても楽しみだ。
 
 

2016/4/23 取材・文/花井奈穂子 写真/ 小田原大輔