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私的・すてき人

誰よりもお客さまの体を思う、母のような存在でありたい

File.138

経絡リンパセラピスト リンパ専門サロン「流’Bi」代表

ふじもと ゆか

ルビ(藤本 悠雅)さん [大阪府泉大津市在住]

公式サイト: http://www.rubi-salon.com/

プロフィール

1982年 広島文教女子大学短期大学部卒業
1984年 大阪府警察学校入学 
2007年 整骨院で整体や指圧、骨盤矯正などの東洋治療を経験しながら、リンパマッサージの施術をスタート
2010年 リンパマッサージ専門サロン「流’Bi」設立

「覚悟」が人をつくる、人生を拓くのだとこの人は教えてくれる。
 
子どもふたりを抱えて離婚した時、主婦だった彼女の景色は一変した。
「どうやって生きていこう、子どもを育てていこう…」
そんな時、まるで導かれるように出会ったのがリンパマッサージ。それは生きるためのただひとつの道に見えた。ならばここで必ず成功しよう…そう決めた日から彼女の第二の人生は始まったのだ。
 
「努力だけが私の切り札」――そう心に決めて、寝る時間すら削って必死に走り続けたその先に手にしたものは、この仕事への誇りと自信…いつしか有名女性誌からも取材の依頼が来るほどになった。
 
人生はいつからでも、どこからでも挑戦できる、夢を叶えることができる。そこに必要なのは、必ず成し遂げるという思いの深さ、“覚悟”なのだ。
 
 

婦人警官だった独身時代

スエディッシュマッサージ、リフレクソロジー、中国整体推拿(すいな)療法、骨盤矯正、リンパドレナージュ、小顔リフト、痩身…これだけ多くの“引き出し”で勝負するセラピストは、ちょっと珍しいかもしれない。
「すべてをオーダーメードで、一人ひとりに合わせてまったく違う施術で体をラクにしていく。オールハンドでリンパを流すことで、健康の先にあるキレイを手にしてほしいんです」
 
神戸や箕面など遠くから通ってくる客も多く、施術は年間1000例以上。
今でこそこれが天職といえるほど多くのファンを持つ彼女だが、独身時代は婦人警官だったというから驚き。
 
広島の短大を卒業した後「若い今しかできない仕事をしたい」と、警察官を目指し大阪へ。大阪府警の採用試験に合格し、6ヶ月間の訓練を経てデビューを果たす。
「それから2年半、仕事は楽しかったんだけど結婚と同時に、当たり前のように辞めてしまった。これが最大のミス!(笑)。家庭に入るのが当然だと思って、何も考えずに主婦になった。甘かったんですよね」
 
やがて様々な問題が起こり、中高生だった子どもをふたり抱えて離婚することに。
 
「手に職も無く、これからどうやって暮らしていこう…」
不安でいっぱいだった時、未来を暗示するかのような小さな偶然が重なる。
 
ある日「エステティシャンになりませんか」とエステの営業部員になぜか声をかけられ、体験してみると意外と面白いことに驚いた。
その後すぐまた、ハローワークで「リンパマッサージの職業訓練があるけどどう?って勧められて。ふと母がガンで亡くなった時、先生から聞いた話を思い出したんです。リンパを流すことがどんなに免疫力をあげ、予防医学としてすぐれているのか…」
 
訓練校なら半年間無料でスキルが学べる。「これはヤルしかないなと」 こうしていくつかの伏線に導かれるように、リンパの世界に入ったのだ。
 
それから生活は一変。まず学校に行く前にひとり、帰宅後にひとり、近所の知り合いに頼んで練習を続けた。人の何倍も努力する、それだけが一人前になる道…「リンパマッサージって思うよりずっと大変で、マラソンのような忍耐力がいるんですね。1日6~8時間やるにはかなりの体力もいる。同期は50人いたんだけど、重労働だということがわかるにつれ、みんな諦めモードになってくる。でも私には子どもがいる、負けてはいられなかった」
 
 

いつか女性の支援ができるサロンに

卒業を前にした頃、患者として通っていた整骨院の院長から「うちで勉強しながらリンパをやってみないか」と声がかかる。
指圧や整体などの仕事をこなしながら、休み時間と診療後8時から夜中までリンパマッサージを施術するという、超ハードな毎日がスタートすることに。だがここで学んだ東洋医学は、彼女にしかない大きな武器のひとつとなって、今を支えることになる。
 
「その時来てくれていた85歳のおばあちゃんに『へたくそやな、まだまだや!』っていつも怒られていたんです。でも実はあちこちで宣伝してくれて、知り合いや友だちをナンパしては連れて来てくれる。口は悪いんだけど、ほんとに応援してくれて…そんな人たちに育ててもらって今があるんだと、つくづく思います」
 
 
その後部屋を借りて独立してからの3年間は、なんと24時間営業という、とんでもないペースで施術。朝3時に自転車で家に帰って子どもたちのお弁当を作り、すぐサロンにトンボ帰り。予約の合い間に仮眠するだけという、超人的なスケジュールを自分に課し、経験値を上げ、家計を支えた。
 
だがそんなフル回転の毎日に、ある日ふと疑問を抱く。「このままだと新しい情報や知識を学ぶヒマもない。自宅でやれば浮いた家賃で研修にも通える、時代の先を行く技術を身につけられるんじゃないか…」
 
ここがセラピストとしての分かれ道だったかもしれない。たくさんの引き出しがあればあるほど、それを自在に組み合わせながらどんなニーズにも対応できる。
それからは評判のメソッドがあると聞けばどこへでも駆けつけ、ダイエット、美乳、小顔リフトなど様々な技法を自分のものに。
進化し続ける彼女の「“腕”を知ったら他には行けない」というファンが、次第に増え始めたのだ。
 
やっと子育てにも一段落した今、ひとつの夢があるという。
「女性の支援をしたいんですよね。自立という観念が欠けてたばかりに、つまずいて苦労した私みたいにならないように。いつか自分の持ってる技術を伝えて独立をバックアップできる、女性の自立の力になれるサロンにしたいんです」
 
 

2016/8/30 取材・文/花井奈穂子 写真/ 小田原大輔