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HOME > 私的・すてき人一覧 > 永山 玳潤さん

私的・すてき人

はかないからこそ美しい、そんな日本の文化を書家として世界に伝えたい

File.144

書道家

ながやま たいじゅん

永山 玳潤さん [大阪府和泉市在住]

公式サイト: http://tyjun.com/

プロフィール

1971年 大阪府高石市出身
1995年 全日本教育書道院教師免許と雅号を取得
2006年 宮下寛昇氏に師事
2011年 堺市展入選
2014年 全日本ホテル大阪でライブ書道を実施
2016年 JRAジャパンカップのオープニングでライブ書道を披露し、有馬記念では題字を手がける ロックバンド「ラスベガス」のロゴも担当

今も大事に持つ一本の掛け軸がある。
書家になりたいと思いつめていた10年前、「気は淑にして―」で始まるこの軸を書いたことから、人生は動き出したといってもいい。
 
あの日この書を書きあげるや、国内はもとより世界的にも有名な書家・宮下寛昇氏のもとにいきなり押しかける――という暴挙に出た彼。
「これぞ!という自信作やったんです。とにかく見てほしいという思いだけで奈良まで飛んでいってしまった。ところが『これはヒドい…』っていわれて、大ショック。ここがダメ、あそこもとダメ出しの嵐で…(笑)」
 
書はともかく“おもしろい男”だと思われたのか、なんと弟子にならないかと誘われ、そこから彼の書は大きく前に進みだす。
「今ならわかる、この書やっぱりひどいんですよ(笑) でもこれを書いたから先生に出会えたし、進むべき道が見えた。これが僕の原点、宝ものなんです」
 
 

疲れた心を救ってくれた書道

4才で筆を持った。
「亡くなった祖母に連れられて、近所の書道教室に通いだしたんです。そこの先生がユニークな方で、書けば絶対100点くれるんですよ。毎回ほめられて、それで調子に乗って中学3年まで通ったかなあ」
 
だがそれからは、大学時代に「就職に有利かも」と書道教師の免許と雅号をもらった以外、ほとんど書とは無縁に暮らしていた。
普通に企業に就職し、広島、山口と転勤を繰り返す。そして結婚もした頃「そろそろ故郷の泉州に帰りたいなあって思いだしたんです。それで地元の企業に転職したんですけど、そこからがちょっとキツくて…」
 
慣れない職場に、人間関係…「毎日がツラくて、精神的にまいってしまって。自暴自棄になりそうやったんです」
 
その頃ちょうど友だち夫婦の間で、ベビーラッシュが起きていた。
「『子どもの命名書を書いて』とかよく頼まれて。色紙に書いてプレゼントすると、すっごい喜んでくれるんですよ。それがなんか幸せで、こんなことを仕事にできたらいいなあと思い始めたんです」
 
ストレスで疲れ切った心を、ふとすくいあげてくれたのが久しぶりに手にした筆と、墨の香りだったのだ。
 
それからは一念発起、仕事から帰っては毎日のように机に向かうが「自分ひとりでやろうとしても、無理なんですよね。どうすれば自分の個性を出せるのか、何が足りないのか…必死で本を買いあさってたんです」
 
そんな時出会ったのが、當麻寺・宗胤院(そいにん)の住職にして世界からも評価が高い書家・宮下氏の「書輪―未来へ広がる美しき書の世界(たる出版)」だった。
「開いたとたん、これや!と思いました。文字を構成する原則、線の美しさと空間の美…それが手にとるように書いてあって、僕にとってはもう衝撃的やったんです」
 
夜な夜な本と向き合い、悪戦苦闘。数ヵ月かかって書きあげたのがくだんの掛け軸だったのだ。
「これならイケる!とにかく先生に見てほしい――それしか考えてなかったんです」
 
とはいっても、相手は日本芸術祭の芸術大賞、仏芸術家協会の名誉会長賞など様々な受賞歴を持ち、書だけでなく絵画や音楽にまで才能を認められている、いわば雲の上の人。そこにアポイントも無しで、いきなり押しかけてしまったのだから、まさに芸人ブラックマヨネーズのギャグ「どうかしてるぜ!」そのもの。
だが縁とは不思議なもので、そこから新しい人生が拓いていくのだ。
 
 

魅せるライブ書道

「僕がお寺の入り口に立ってたら、誰かが『いらっしゃい!』て出てきたんですよ。それがなんと宮下先生やったんです。ほんとに気さくな方で…絶対ホメてもらえるやろ、と自信満々で作品を見せたら『これはヒドいわ…』って」
 
とにもかくにも2時間も指導してもらったうえに、しまいには宮下氏に「僕のとこにおいでよ」とまで言わせてしまったのだから、結果は大成功。
弟子として奈良まで通い始めたのは35歳の時だった。
 
「どんな思いで描きたいのか。激しさなのか、悲しさ、それとも愛を表現したいのか…それを考えろとよくいわれましたね」
 
自分にしか書けないもの…それを求めて、深夜まで筆を動かす日々が何年も続いた。
やがて、命が宿っているかのような躍動感のある書体が、彼ならではの持ち味となっていく。
 
さらに真骨頂は、多くの人を巻きこんで魅せる“ライブ書道”。
その迫力とパフォーマンスが話題となって、各地のイベントやパーティーで披露することも度々。
このライブ、今でこそ彼のトレードマークのようになっているが「初めはイヤやったんですよ。1万回書いてやっとできた最高の1枚を見てもらう、これが書道やないかと。一発でいいものなんか書かれへんって思ってた」
 
ところがある時どうしてもライブで書いてくれと頼まれ、「仕方なくやったんです。そしたらすごい拍手がきて、それが“快感”になってしまった(笑)」
 
一発だからこそ何が起こるかわからない。「でもその瞬間をちゃんと見てもらうというか、一期一会に通じるとこがあるような気がして」
 
いつかは日本の文化である“書”を、外国にPRしたいというのが夢。
「はかないからこそ美しい、そんな日本の文化を僕にしかできないやり方で、世界に伝えたいんです。墨って書くうちにドンドン薄れて、やがて消えていく。はかない一瞬の芸術なんですよね。侘び、さびといった日本にしかないものを“書”で伝えていきたいんです」
 
 

2017/3/19 取材・文/花井奈穂子 写真/小宮さえこ