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私的・すてき人

和紙の布を1000年続くスタンダードに

File.148

株式会社「和紙の布」代表

あべ まさと

阿部 正登さん [大阪府阪南市在住]

公式サイト: http://www.washinonuno.com/

プロフィール

1957年 泉佐野市出身
1985年 家業の織布工場を継ぎ2代目に
2001年 和紙の布開発に着手
2007年 和紙の布協議会設立
2008年 株式会社「和紙の布」設立。イタリアのジェトロミラノ展に初出展 泉州ビジネスプラン大賞受賞
2011年 経済産業省の繊維産業における先進的取り組み事例に採択
2013年 間伐・間伐材利用コンクール 林野庁長官賞受賞

セリーヌ、シャネル、三宅一生…名だたる世界のトップデザイナーたちがこぞって使う、これぞJAPANを体現する“和紙の布”。
この布がなんと泉州は阪南の、小さな町工場から発信されていることをご存知だろうか。
和紙で布を織る――そんなユニークな発想で開発した商品は、その独特な存在感で今や世界からひっぱりダコ。
「他の誰もやらない“攻めの素材”を作りたかった。日本の良さを海外に知ってほしい、だったら和紙しかないと」
 
だがこの大成功は、実は崖っぷちに追いつめられたからこそ生まれた、起死回生のアイデア。
中国製品に押され地元の織布工場がバタバタと消えていくなか、まさに“生き残り”
をかけて挑んだのが、この和紙を使うという挑戦――町工場が起こしたミラクルな大逆転劇がこの「和紙の布」だったのだ。
 

守りから攻めの素材へ

大学時代は「酒とマージャンに明け暮れた(笑)」という豪快な彼が、家業の織布業を継いだ頃はまだ、泉州南部地域で700を超す工場がひしめいていた。
「これからは新しい機械を入れて、スピーディーに量産していこうと張りきってたんですよ」
 
だがそれから2年と経たずに、中国製の安価な繊維が出回ることで織布業界は窮地に立たされることになる。
「初めは安かろう悪かろうって感じだったんですけど、だんだん中国製品の質が上がってきた。そうなると仕事が回ってこなくなるんですよ。仕事の取り合いになって、どんどん辞める人が増えていく」
 
かつて地場産業として栄えた織布の町から、いつしか機械の音が消えやがて工場は数十にまで激減してしまう。
「生き残るにはどうしたらいいんやろうって。伝統を守るだけではもうやっていけない。これからは攻めていかんと…」
 
そう決心した彼はある日「和紙が良いんちゃうやろか」とひらめく。
「攻める素材て考えた時に、日本ならではのものを使いたいと思ったんです。和紙なら、海外にも独特の味わいをアピールできる。和紙の値段って高いんですよ、それが逆にイケる!と思った。高いと誰も使ってみようと思わないし、その分付加価値もついてくる」
 
高いからこそイケると思う、その逆転の発想。和紙で布を織るという、大胆なアイデアに賭けるポジティブさ。風前の灯になっていた小さな工場の大逆転劇はここから幕を開ける。
 
その日からとにかく試作を繰り返す毎日。江戸時代、木綿が貴重だった地域では和紙から糸をとって布を織る「紙布」が生産されていたらしいが、今ではその技術もほとんど残されていない。
「開発には時間とお金がかかる、だからとにかく必死でした。不安はあったけど、もう後がないと思って」
 
数年をかけ、和紙糸販売会社である王子ファイバー株式会社の協力も得て、縦も横糸も和紙という100%紙で出来た布を開発。さらに着心地をよくするために、綿や絹を織りまぜたりと努力の末、様々な種類の製品を創り出していった。
 

間伐材を利用した「木糸」を開発

彼が地元の企業数社と共に立ち上げた「はんなん和紙の布工房協議会」が主となって、ついに誕生した和紙の布は、通気性にすぐれ軽くて毛羽がたたない、もちろん洗濯もできて紫外線もカット…といいことずくめ。
ヨーロッパへの訪問販売などを重ねるうち、海外にもその魅力が知れわたり、やがてセリーヌやシャネルといったトップブランドからの依頼が来るようになる。さらには世界のファンションをリードするパリコレや、ミラノコレクションにも多く使われ、独自の存在感を放つまでに。
 
かねてから彼が見越していたのは「やがてエコブームが来る」ということだった。
「和紙はマニラ麻で出来てるんですが、これは水と太陽があればたった3年で成長する環境型の資源。CO2を吸収し焼却しても有害物質を排出しない。体や環境にやさしい究極のエコやというとこにもホレたんです」
 
そして今新しく「木糸(もくいと)」という、杉やヒノキの間伐材を利用して和紙をすき、そこから糸を作る事業も、経済産業省の先進的取り組み事例に採択されて展開中。
 
「間伐っていうのは成長につれ、木を伐採して間引いていくこと。それをしないと光が射さず生育も悪くなる。でも今林業に携わる人がどんどん減っていて、放置されてる森が多いんですね。なのでなんとか間伐を進めるためにも、ムダになる間伐材を有効利用できないかと思ったのがはじまりなんです」
 
現在綿やウール、シルクなどの原料は、ほとんど輸入に頼っているのだとか。
だからこそ地域の間伐を利用して作る「木糸」は林業の未来につながっていくともいえる。
 
岸和田など地元泉州を皮切りに、この間伐材利用作戦は全国にも広がりつつある。
奈良、東京、埼玉、栃木…とあちこちの市町村から依頼が殺到。先日は東日本大震災の津波で被災した後枯死した、あの陸前高田の「奇跡の1本松」のチップを「布にしてほしい」と日本コカリナ協会から託された。11月のニューヨークはカーネギーホールでのコンサートで、コカリナを演奏する子どもたちがこの木から作ったスカーフやポンチョをまとって公演するという企画が進行中なのだ。
 
「和紙や木で作った布が、もっともっと身近になることが願い。世界中の人たちに日本の文化の素晴らしさを、人や環境にやさしい天然ならではの魅力を知ってほしい。これからもずっと1000年続くスタンダードを創り続けていきたいんです」
 
 

2017/7/20 取材・文/花井奈穂子 写真/ 小田原大輔