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私的・すてき人

自分が住んでてオモシロい、堺東をそんな街に

File.166

「堺東駅前商店街振興組合」代表理事
株式会社「Life Design」代表取締役

やもと のりひさ

矢本 憲久さん [大阪府堺市在住]

公式サイト: https://www.facebook.com/lifedesign.sakaihigashi

プロフィール

1970年 堺市出身
1995年 桃山学院大学経営学部卒業
2008年 保険代理店「Life Design」設立
2011年 堺東駅前商店街協同組合理事長就任 第一回まちなか逸品バル開催 
2012年 そや堺ええ街つくり隊 副隊長就任
2015年 堺まちクリエイト株式会社設立
2018年 堺東駅前商店街振興組合設立 堺桜彩イルミネーション代表

今、堺東駅前を住民の目線で“デザイン”しているのは、彼だといってもいい。
 
駅前商店街の清掃活動を皮切りに、今や集客の要ともなっている「ガシバル」「ガシフェス」そして「ガシ横マーケット」…次々彼が仕掛ける戦略は、この街に新しい風を吹き込み人の流れを作りだしていく。
数十にも及ぶ団体の代表や世話役を引き受け、本業をこなしながら会議に活動にと休みなく走り回る彼の原動力はただひとつ――ここを“楽しい住みやすい街”にしたいという思い。
 
「自分が住む街をいい場所にしたい…もうそれだけなんです。楽しい活気のある街やないと住んでてもオモシロくないでしょ。今アクションを起こすことで、街の未来は変えられるはずやと思うんです」
堺の玄関でもあるこの街を古びさせることなく、アイデアを駆使してどんな場所に変えていくのか、どんな夢を実現させていくのか――挑戦の先にはきっと新しい未来があるはずだ。
 

トップ営業マンだった サラリーマン時代

とにかく根っからの“破天荒”。誰とも群れず、ひとり我が道をゆくなんとも自由な青春時代を送った。
「高校時代はバイクレースにすべてをかけてたようなもの。とにかく金がかかるから、バイトばっかりして学校にはほとんど行かずじまいで。たまに行っても一日寝てたりとか(笑)」
 
当然のように留年し、キビしかった親からは17歳にして勘当をくらってしまう。
「それからは部屋を探してひとり暮らしですよ。生活費やレースのお金を稼がなあかんから、バイト三昧の毎日。でもバイクってすごいお金がかかるんですよ。とうとう『もう無理!』ってなって、20歳でやめる決心をしたんです」
 
両親に詫びを入れ、大学受験を申し出て実家に戻るも今度はまったく勉強についていけない。「先の人生を考えたら大学には行くべきだと思って、1年間必死で受験勉強しました」
 
そのかいあって大学には合格したものの、今度はまたしてもスキーにのめりこむ。
「なんでもよかったんです。僕は4年という時間をお金で買ったと思ってた。だったらその時間を、何かに全力で打ちこもうと思って」
 
冬は長野のスキー場にこもり、夏はトレーニング…と再び授業にはまったく出ない4年間を過ごすことに。それでも何とか試験だけはクリアし、大手不動産に就職を決める。
するとそのユニークな個性がピタッとはまったのか、またたく間に関西でもトップの成績を誇る営業マンに飛躍。さらに5年後にはヘッドハンティングされ、外資系の生命保険会社に転職することになる。
 
「保険屋はさまざまな人生と向き合います。豊かな人もいれば、そうでない人も、シングルマザーや老人…ほんとに千差万別。そんなお客さん一人ひとりの課題を見つけて、それをひとつずつ解決するプランを立てるのが保険屋の仕事なんです。それって街づくりも同じ。この経験が今の活動に、すごく役立ってるなあと思うんですよね」
 
そしてその8年後には独立。父が所有していた堺東駅前のビルが空いたため、そこで保険代理店「Life Design」を立ち上げ、初めてこの街と向き合うようになる。
 

人生で今がいちばん楽しい

「2年ほどして仕事がやっと軌道に乗ってきた頃、ふと思ったんですよ。なんかこのへん汚いなあって。これなんとかできへんもんかなと思って、スタッフふたりと始めたのが月に1回の清掃活動だったんです」
 
「義務でやるのは違うから、やりたい人だけ来てくれたらいい」そんな思いで細々と始めた活動だったが、次第に「私も参加したい」という人が増え、商店街に一体感が生まれはじめた。
 
かつては店舗イコール住居のところが多く、自然と近所づきあいがあり地域ぐるみの温かい交流が生まれていた。だが次第にテナント化が進むと、人同士のつながりが無くなり、商店街ならではの魅力が失われていく。
 
「商店街を楽しい、みんなが足を運びたくなるような場所に変えるにはどうしたらいいやろう…」
 
その思いは日に日にふくらみ、いつしか街づくりは彼のライフワークとなっていく。
 
清掃活動をスタートしてまもなく、駅前商店街協同組合の理事長に41歳の若さで就任。すぐにタウンマネージャーと「堺東まちなか逸品バル」を開催した彼は、そこに手ごたえと可能性を感じ、事業化に向けて本格的に歩を進めることになる。
チケットを手に商店街をまわりながら、様々な店の味を楽しんでもらおうというこの企画は女性に人気を呼び、大勢の客を呼び込むことに成功。進化を遂げながら今年で13回目を迎え、商店街の一大イベントにまで成長した。
 
さらに盆踊りと多くの店で賑わう「ガシフェス」、3世代交流を目的に商店街を遊び場にしようと企画した「ガシ横マーケット」…と次から次へとアイデアをカタチにしていく実行力とそのスピーディーさ、そして周りの人々を巻きこんでいく力は、彼ならではの“武器”となって街の未来を変えていく。
 
市と協働して自転車のマナーアップキャンペーンも実施。駐輪機の設置を実現したり、関係者が見回りを続けたりと地道な活動を続けた結果、違法駐輪だらけだった商店街は見違えるように広く安全になった。
「放置自転車のせいで車いすも通れない、そんな商店街はアカンでしょ。女性や障がい者、子どもたち…弱者にもやさしい街をつくらんとダメだと思うんです」
 
今や商店街のみならず、堺東から大小路、南海堺駅を結ぶ街路樹をイルミネーションで飾る「堺桜彩イルミネーション」事業の代表をつとめたり、中心市街地の活性化や講演にも力を注ぐ。
 
「僕、ちゃんとお父さんの背中見てるから…」
ついこないだ息子がつぶやいたその言葉は、今の彼にとって最大の“宝もの”。いつか若い世代が志を継いで、この街の未来を担ってくれる日が来るに違いない。
 
「今僕らがここを素敵な場所に変えていければ、今度は次世代が後をつないでくれる。そのためにもエエ街やな、住んでみたいなて思ってもらえるような場所にして、若い人にバトンを渡したい。このボランティアを始めて、一番トクしたのは僕自身やと思てるんですよ。成長させてもらったし、人生で今がいちばん楽しい!満足度マックスなんです(笑)」
 
 

2019/5/19 取材・文/花井奈穂子 写真/ 小田原大輔