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HOME > 私的・すてき人一覧 > 吉見 螢石 さん

私的・すてき人

書と陶の融合 それは私の人生そのもの

File.040

書・陶芸家

よしみ けいせき

吉見 螢石 さん [大阪府泉佐野市在住]

公式サイト: http://www.hotarugama.com/

プロフィール

1960年 泉佐野出身 5歳から書道を始める
1975年 書家 木原研石氏に師事
1990年 陶芸の道に入り、「日本美術工芸展」等様々なコンテストで入賞
2004年 熊取町に工房を移し、書と陶のコラボに取り組む 全国の百貨店で個展を開催する他、関西空港「レジェンド オブ コンコルド」の器プロデュースも手がける 

人生は壮大な“自分探し”の旅だ。
人は死ぬまで、自身の“在りか”を探し続ける。
自分はいったい何なのか――それをカタチにできる術を、書と陶の両方に持つこの人を少し羨むのは私だけじゃないはず。
「作品は私そのもの。心のヒダまで全部が映し出されるから…」
書と陶のコラボという、ユニークな手法で生まれる作品には彼女の“ありのまま”が詰まっている。

私の字が書けない

「きれいな字を書くのが書道。ずっとそう思ってたんです…」
5歳で書道を始め、高校で出会った師・木原研石氏のもとでひたすら書と向きあう日々。
「やめたい」と思ったことは一度もないというほど、20年ものあいだ墨をすり筆で描き続けることがあたり前になっていた。
「日本書芸院展」にも入選、書家としての道を歩き出したある日、ふと気がつく。「私の字が書けない……」
師に習ったとおりの字は書ける。でもオンリーワンの自分を表現する“字”が書けない。「白い紙を前に苦しくて苦しくて。もう書から離れたいと思ったんです」
初めて味わった“挫折”だった。

自己表現の手段を失った彼女は、その空白を何かで埋めようとさまざまな“おけいこ”にトライする。そんな中で偶然出会ったのが陶芸だった。
「体験したとたん、なんて気持ちいいんやろうって!もう一目ボレです。思うとおりにカタチができていく快感にハマッたって感じ」
「面白い!」と思ったら一直線。アッという間に自宅のガレージは工房に変身、いきなり灯油窯を買い込み土をこねては焼く日々が始まった。

陶と書がひとつになった日

「誰に教わるでもなく、毎日ただひたすら焼いてました。楽しくってしかたなかったの」
いってみればズブの素人、ひとりで試行錯誤を繰り返す日々。それでも地元のイベントに出品するとすぐ売り切れたというから、才能ってのはスゴイもの。
師匠がいない分、誰のマネでもない“自分の器”が次々できあがってゆく。それこそ彼女が探し続けていたオンリーワンの自己表現だった。

やがて彼女は器や陶板に、一度遠ざかったはずの“書”を入れることを思い立つ。
「それが不思議!。あんなに書けなくて苦しんだ“自分の字”が書けるようになったんです」
陶で解き放たれた感性は、いつか彼女の“書”にも革命を起こしていた。「ああ、一周してずっとつながっていたんだなあって」 作品には一度見たら忘れられない、どこかユーモアな字体が踊る。

地元へのこだわりも彼女の魅力のひとつ。実は泉州は、焼きもののルーツともいえる地域なんだそう。朝鮮半島から伝わった技術は泉北に根を下ろし、かつて1000ともいわれる数の窯が築かれていたらしい。「陶邑窯跡群(すえむらようせきぐん)」と呼ばれるものがそれで、窯室に陶器山…となるほどうなづける地名がいっぱい。「だから泉州の土はとても豊か。地元の良さをたくさんの人に知ってもらえれば」と、泉州の土にこだわってしっとりとした色あいの須恵器を焼く。
さらに毎年、泉佐野の「北庄司酒造 荘の郷酒蔵」で「螢展」も開催(今年は5月24・25日)する。

「作品を見てもらえれば、そこに裸の私がいる。いくらカッコつけたって、作品を見れば自分がそのまま映し出されてしまう。だから今はすっごくラクだし素直になれる。毎日が楽しくってしょうがないんです」

2008/04/11 取材・文/花井奈穂子 撮影/小田原大輔