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HOME > 私的・すてき人一覧 > 中尾 雄二さん

私的・すてき人

“注染”って素敵やなあといってもらえる、そんな手ぬぐいを。

File.056

(株)ナカニ 代表取締役

なかお ゆうじ

中尾 雄二さん [大阪府堺市在住]

公式サイト: http://www.nijiyura.jp/index.html

プロフィール

1958年 高石市出身
1976年 神戸商科大学(現・兵庫県立大学)卒業 松下電器工業入社
1978年 堺の伝統工芸 注染を専門とする「(株)ナカニ」の後を継ぐことに
2008年 自社ブランド「にじゆら」を立ち上げる

光のあて方を少し変えるだけで、生まれてくる魅力がある。
いくら伝統工芸だと胸を張ってみても、皆に「オモロイなあ、アレ欲しい!」と思わせる吸引力が無ければ、それはただの古ぼけた技術にすぎない。

いわば販促商品、もらってもコレ何に使うねん・・・ぐらいの位置でしかなかった「手ぬぐい」。それを斬新なデザインと色あいでアートとして生まれ変わらせ、若い世代をも「手ぬぐいってカッコイイやん!」とうならせたプロデューサーがこの人だ。
「“注染”という、大阪で生まれ受け継がれてきた技法。なんとかこの魅力を伝えたい、残したい・・・そう本気で思った時から僕自身の人生も変わりました。夢ができたんです」

いつ工場を辞めよかと思ってた

「7~8年前までは、もう工場をいつ辞めよかなとそればっかり思てました。注文が来てそれをただ染めるだけ。そこには誰かに認められる喜びもない、誉めてももらえない、だからやる気もプライドも持てない、ただ数をこなすだけの毎日・・・。閉塞感でいっぱいやったんです」

もとはバリバリの商社マン。「親の染色工場を継ぐ気なんて、さらさらなかったんですよ。モノ造りしたいとか、思ったことも無いし。僕、どうせなるんやったら会社の社長やっ!て決めてたんです。で、大学の先生に相談したら、パナソニックみたいな最大手に行くよりはまだ松下電工の方がなれるんちゃうか?っていわれて。じゃあそこにします!みたいな(笑)」

理想どおり松下電工に入社し、営業成績を上げ忙しい毎日を送っていたある日、突然病気で姉が急死するという悲しみが家族を襲う。
「ショックを受けてる両親を見てたら、僕がそばにおらんとって。けど休みも取れないような忙しい仕事を持ちながら、それは無理やろと思たんですね。だからまだ入社2年目やったんですけど、辞めて工場で働く決心をしたんです」

のり置き、そして糊で土手を作った中へ染料を注ぐ作業、洗い・・・と伝統を受け継ぐ“注染”のすべての技術をイチから学んで、日本でもトップクラスの生産量を誇る父の工場を引き継ぐことになる。
「でもね、今までスーツ来てオフィスで働いてたのに、こんな暗い工場で何してるんやろって悔しいんですよ。ほんまやったら世界を飛び回ってるかもしれんのにって・・・」

職人がプライドを持てる作品を

自分のいるべき場所は、本当にここなのかという思い、そして希望の持てない毎日・・・。
だが、ある日彼は「このままではアカン!」と改革を決意する。
喜びもプライドも持てない、そんなところに若手が育つはずがない。このままでは高齢化で、いつか“注染”までが消えてしまう。もっと職人が誇れる「これ、僕が染めた作品なんです」って自慢できるような、そんな仕事ができる場所にしていかんと・・・その日から彼の挑戦は始まった。

「とにかく3年は本気で注染に賭けてみよと。商品じゃなくて“作品”を造る、作り手の顔が見える、感性が表現できる。そんな手ぬぐいを作りたいって思いました」

デザインを任せるイラストレーターや画家、作品を置いてもらえる店探し・・・・と忙しさはハンパじなかったが「休みなんかなくても、ほんとに毎日が楽しい。あのまま嫌々仕事をしてたら、こんなワクワク感には出会えんかった。今ならこれが天職やったんやと思えるんです」

そして昨年、ついに「にじゆら」のブランドを立ち上げる。
プリントでは表現できない、注染ならではの「にじみ」「ゆらぎ」がその名の所以。
ポップで鮮やかな色彩とデザインは評判を呼び、今や関西のTVや雑誌にも引っ張りダコだ。
「にじゆらは、作家や職人たちの技術を売ってるつもり。だから必ず名前も出します。職人が楽しんで、プライドを持って作品を作れるそれが僕の一番の願い」

時代にシンクロするアイデアで「手ぬぐい」という伝統が息を吹き返した。と同時に彼の人生にも希望、感動という光が射し込んだ。「いつか店に『注染ありますか?』って来てくれる、注染がそこまで浸透する、それが夢なんです」

2009/08/03 取材・文/花井奈穂子 写真/ 小田原大輔