私的・すてき人

また帰ってきたい、そう思えるような豊かな街に

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NPO法人「すまいるセンター」代表

にしがみ よしお

西上 孔雄さん [大阪府堺市在住]

公式サイト: http://www.smile-center.jp/

プロフィール

1967年 堺市南区出身
1991年 近畿大学建築学科を経て、西上建設入社
2000年 市民、企業、行政とさまざまな立場から、泉北という街の向上を目指して活動するための拠点「すまいるセンター」を桃山台に開設
2006年 各界の識者と市民が一体になって街づくりを考える「泉北ニュータウン学会」設立。多くの地域活動をこなしながら、西上建設の代表も務める

自分の街は自分たちの手で育てる――そんな“うねり”はここ数年、ドンドン大きくなって
いる。アプローチの仕方はさまざまだが、「もっと住みやすい楽しい街に!」と声をあげるNPOや市民団体は増えるばかりだ。

そんな市民の声と行政、そして企業をうまく連携させるアイデアで、次々プロジェクトを実現させていく・・・・・・そんな夢の“仕掛け人”ともいえるのがこの人だ。

「僕は投げかけただけなんです。そうすると自然にその道のプロの方が集まって考えてくれる。気がつくと大きなプロジェクトが成功してたり・・・」

彼があちこちに仕掛けた“街づくりのタネ”は、イベント「みどりのつどい」復活、退職者の地域デビュープログラム事業、障がい者の自立支援事業 ・・・・と、次から次へ花を咲かせ実をつけ、また新しい連鎖を呼んでいく。
「一度出ていっても、また帰ってきたいなあと思ってもらえる、そんな魅力ある街を作りたいんです」

ハコより人が楽しんで暮らせるソフトを

とにかく行政の力を追い風にするのがウマイ。アイデアを申請しては補助金や助成金をもらい、それをもとに新しいプロジェクトを実現していく。さらにその実績がまた次の企画へのステップとなるというスパイラル。

だが、もとはといえば建設会社の代表、ソフトよりもむしろ“ハコ”を造る側の人間だった。
「きっかけは介護保険のスタートやったんです。介護施設をやってる友達と『お年寄りのよろず相談所』みたいなのを作ろうってことになって、福祉関係者や地域の企業が集まった。営業半分みたいなもんだったんですが、それがだんだん本気で高齢者がイキイキと長生きできる、そんな環境を作りたいと思い始めた。ハコばっかり作っても、中味が無かったらアカンなあと」

さっそく自社ビルの一部を「すまいるセンター」として開放し、介護はもちろん、菜園、パソコン、写真・・・とさまざまなセミナーを開いては、それに詳しい市民グループやプロにノウハウを教わる。さらに市民団体の情報交換や交流、会議のなかから街づくりのアイデアが生まれ、実現に向けて動き出す・・・と、泉北に住む人たちをつなぎ、街を変えていく活動の拠点として機能し始めるのだ。

さらにNPO法人となったことで、また新しい道が開く。泉北で「街づくり」を対象に活動していたのNPOが「すまいる」くらいしかなかったことで、関係機関から協力を頼まれることになったのだ。
「堺市も政令都市に指定され、泉北ニュータウンについて真剣に考えようとしていた。それからいろんな会議にも呼ばれるようになって、いろんなセクションとの連携が生まれたんです」

泉北ニュータウン学会設立

泉北ニュータウンも誕生から40年以上が経って、さまざまな問題が噴出していた。高齢化、近隣センターの機能低下、商業施設のスラム化・・・・
「何とかしようと、堺市と一緒に『地域再生事業』の助成金を申請したんです。でも何度チャレンジしてもアウト。国には泉北ニュータウンが大変やなんて話、聞こえてこないからOKが出ないんですね。だったら自分たちで、大学の先生や有識者と市民が一緒にニュータウンの再生について語り合う会を作ろうと・・・」 泉北に住む大学の教授らに協力を求め、「泉北ニュータウン学会」を設立したのだ。

この学会、さまざまな専門や研究分野を持つ人々が名を連ねているため、いわば「知識の宝庫」だ。
かつて大蓮公園で行われていた「緑のつどい」を復活させたいと相談を持ちかけるとすぐに始動。約100の市民団体が一同に会し、バザー、体験、遊びなどテーマ型のイベントを繰り広げる泉北の一大イベントとしてよみがえった。

また駅前のフラワーポットの管理に頭を痛めた市から相談があれば、またも学会の防犯部会から「子どもたちに花を育て植えてもらっては」と声があがり、どんどん話が進んでいく。
「桃山台小学校の子どもたちが育て、世話をしてくれるようになった。そしたら自然に花どろぼうも減って、駅前がきれいになったんです」

さらに昨年、障害者が安心して暮らせる街にと「みなみかぜスマイルねっと」も立ち上げた。その第一歩として、泉ヶ丘プール横に助成金を利用してカフェをオープン。障がい者施設で作られたクッキーなども販売、地域の情報発信の場にもなればと力を注ぐ。

次から次へとアイデアをカタチにしていく情熱・・・その原動力は何なのだろう。
「大和川からこっちはダサイっていわれるでしょ、なんか文化レベルが低いみたいな。あれがメチャ腹立つんですわ。泉北はこんな素敵な街やねんぞっていいたいんですね、きっと(笑)そのためには、障がい者も含めてみんなが楽しく暮らせるソフトを、もっと作っていかんと」

ハードは行政で、そしてソフトは市民の手で作り上げる・・・・・彼なら「ほんとに泉北を素敵な街に変えてくれるかも」と思わせる斬新さとバランスのよさ。
次はどんなタネを仕掛けを見せてくれるんやろ・・・こんな人がいるから街は息づいていくんやなあ。

2010/05/07 取材・文/花井奈穂子 写真/ 小田原大輔