私的・すてき人

僕のマイムを見て、自分もやりたい!っていう子が出てきてくれたら最高です

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マイム俳優

たかだ しげる

たかだ しげるさん [大阪府和泉市在住]

公式サイト:

プロフィール

1981年 高石市出身 
2002年 ビジュアルアーツ専門学校卒業。
 「いいむろなおきマイムカンパニー」公演に出演。韓国公演では「トッケビ・ナンジャン・アワード」賞を受賞 3年後、活動を休止し、会社員に
2011年 和泉市を中心に活動を再開

昨年、マイム俳優としての活動を再開した。
5年ぶりに舞台に戻り、一度は手離した夢の続きを、再びアツい思いで歩きはじめる。

だが、彼の描く“夢のカタチ”は以前とは少し違う。

かつてがむしゃらに上を目指し、一度は世界の舞台にも立った彼が今、何より大切に思えるもの――それは地元の子どもたちの笑顔と、輝く瞳だ。

「自分がマイムを通じてもらった感動や喜びを、今度は誰かに返したい……僕のマイムを見て、『自分もやりたい!』っていうコがひとりでも出てきてくれたら最高やなあと。そしていつか、彼らと一緒にステージに立てる日が来るかもしれない、そう思うと10年後がメチャ楽しみなんです」

マイムとの出会い

初めてマイムを見た日の衝撃を、今も忘れない。

当時彼は演劇を勉強中の専門学校生。「パントマイムの神さま」と呼ばれた故マルセル・マルソーを師と仰ぎ、フランスでも活躍していたマイム俳優、いいむろなおき氏の舞台をたまたま見る機会に恵まれたのだ。

セリフがない、大げさなセットもない、共演者もいない……何もないのに、彼のパフォーマンスひとつで見えなかった世界が現れ、聞こえないはずの音が聞こえてくる。さらにこちらの想像力にこれでもかと訴えてくる迫力……。

「もうビックリでした!そこには音がないのに、演者と観客が会話してる、イメージをシンクロさせてるんです。何もないからこそ、こちらの想像力が次々わき上がってくる。おお、なるほど次はそういくんか……とこちらを気持ちよく裏切ってくれたり。こんなすごいパフォーマンスがあったんやなと」

ところで、彼を一発でノックアウトした“マイム”とは、なんなのか。

「よく知られてるパントマイムとは、似てるようで違うんですね。マイムという広いジャンルのひとつにパントマイムがあって、いわば大道芸的な感じかな、無いものを身振りで見せていく。それにひきかえ、マイムは身体を使ってドラマを見せていくっていうか、演劇的な部分が強いんです」

演じる側と見る側が一緒になって作品を創っていく……それがマイム。
その分見る人のバックグラウンド、体験が大きな意味を持ってくる。
例えばいくら“大都会の喧騒”を演じても、住んだことのない人には伝わらない。人は自らの記憶や経験からしか、イメージが湧いてこないからだ。

だから十人十色、人によって、男女によって、もちろん大人と子どもによっても、それぞれの胸のなかには全く違う世界が出現する。
それこそがマイムのだいご味であり、難しさだともいえるのだ。

マイムに出会った日から「やりたい!」という思いは日々募りついに、いいむろ氏が講師をつとめるカルチャーセンターに入会。
月に二回のレッスンを受けながら、マイムひとすじの道を歩きはじめる。「いいむろさんの技術や感覚をぬすもうと、もう必死でした。彼を待ちかまえては話しかけ、思いを語り、まるでストーカーみたいやなと(笑)それぐらいすべてを吸収したかった」

そんな思いのアツさを買われた彼は、次第に「いいむろなおきマイムカンパニー」のメンバーとして舞台に出演するようにになる。

見えないものが見えた時の感動を伝えたい

「そらもう一日中でも、鏡の前にへばりついて練習してました。ノッてくるとやめられなくなって、何回デートに遅れたか…(笑)」

東京や大阪での公演にも出演、さらに韓国では「春川国際マイムフェスティバル」にも出場。仲間とともに第一回「トッケビ・ナンジャン・アワード」賞を受賞する。

だがそんな光の部分があれば、必ず影もある。活動の軸となるソロライブでは、構成から演じるところまで、すべてたったひとり。やりがいがある分、「本当に自分のパフォーマンスは、相手に伝わってるんだろうか」「観客にとってオモシロいものってなんなんやろか…」考えれば考えるほど、ひとり深みに沈んでいく日が増えた。

演じることの楽しさと同時に、不安や怖さも知るようになると「ほんとに一生このまま、マイムをやっていけるんかなあ……って疑問がわいてきて」
もちろんアルバイトをしながらの活動はあたり前、マイム一本で食べていける保証もない。

そんな思いを両親の前で口にした時「なんか気負いも何もなく、素直に話せたんですね。ああ、家族っていいなあって。その時、初めて僕も自分の家族を作りたいなって思いはじめたんです」

こうと決めたら、引きずらないのも彼らしい。あれほど打ち込んでいたマイムをスッパリ止め、リセットすべく就活を開始。仕事が決まると同時に、結婚する道を選んだのだ。

子どもも生まれ、平凡だが安定した幸せな生活。
だが、今度は父親としてこれでいいのか、という思いが大きく膨らんでくる。
「自分のなかにマイムが大好きで、ずっと大事にしてる部分がある。子どもに対しても、そのブレない部分を感じてほしい、背中を見てほしいなって」

欲しかった家族を作るためにマイムを止めた彼が、今度は家族に自分の生きる姿を見せたくて、再びマイムと向き合う決心をしたのだ。

普段はフツーの会社員、そして週末はマイム俳優としての活動や稽古に追われる。
最近では地元イベントでの演技が評判を呼び、小・中学校や自治会などの催しに呼ばれることも増えた。

「こうして出会っていくたくさんの子どもたちのなかに『やってみたい!』といってくれるコが必ず現れると思ってるんです。あの時いいむろさんの舞台を見て衝撃を受けた僕のように……もっともっと人の心を興奮させられる役者になりたいし、見えないものが見えた時の感動を伝えていきたい。で、いつかまた、マイムを通していいむろさんとも出会いたい、それが今の僕の夢ですね」

子どもたちの心に感動や驚きの種をまきたい。人生を変えるほどの、マイムの魅力を伝えたい……。

彼のセカンドステージはまだ始まったばかりだ。

2012/6/23 取材・文/花井奈穂子 写真/ 小田原大輔