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私的・すてき人

柳川での3年間は今も宝物。夢をあきらめない強さを教えてくれた

File.106

「カクテル企画」代表  「アイ・テニスクラブ」ヘッドコーチ

しまうち としひろ

島内 俊裕さん [大阪府松原市在住]

公式サイト:

プロフィール

1957年 佐賀県出身
1976年 柳川高校卒業後 近畿大学商経学部入学
1982年 プロテニスプレーヤーに転向
1987年 引退後「カクテル企画」設立
212年 「テイジン 全日本ベテラン選手権」55歳クラスで単複ともに優勝 さらに今年、同タイトルで2連覇を達成 ウイルソンテニスアドバイサーも務める

「てっぺんは一つだけ!」が口癖だ。

「優勝以外に意味はない」とアツく語る、自他ともに認めるスジガネ入りの“負けず嫌い”だ。

そのカッコいいセリフ通り、今年も「関西オープンテニス選手権」、アマ日本一を決める「テイジン全日本ベテラン選手権」で単複ともに優勝。
特に全日本のシングルでは、足を負傷していたにもかかわらず、相手に1セットも取らせない“ぶっちぎり”の強さを披露。前回に続き2年連続、55歳クラスの覇者となった。

“てっぺん”に立った者にしか、見えない景色がある、思いがある。
もう一度それを見たくて来年もまた、チャレンジを続けるのだ。

名門柳川高校へ

硬式テニスを始めたのは高校一年。かなり遅いスタートだった。
なにせ音楽一家に育ち、姉ふたりはピアノの道に。彼も3歳からピアノを習い、中学ではブラスバンド部に入っていたというから、ちょっとした音楽少年だったわけだ。

それが中学二年になって、「なんか面白そう…」と軟式テニスをやってみたら、なんとたった1年で全国へいくほどの才能を発揮!
「それでスカウトが来たりして、うわぁ楽しいなって」一気にハマってしまい、誘われるままに県でも強豪といわれる高校に入学した。

「でもそこがまた、ワルばっかりの学校でさ。とうとう暴力事件が起きてテニス部は廃部。毎日が楽しくなくて学校に行くのも嫌で…」

そんな様子を見かねた父が、一冊の雑誌を彼に見せる。
それは、今も続くテニス専門誌の老舗「テニスマガジン(ベースボールマガジン社)」だった。

「福岡には、全国でもトップレベルの柳川がある。高校を辞めて、そこに行かないかといってくれてね。教師だった父には、肩を落として通う俺の気持ちがわかってたんだよね」

すぐさま退学届を出し、半年待って柳川高校を受験。親元を離れ、憧れの硬式テニス部に入部することになった。

だが、柳川といえばあの松岡修三、岩渕聡プロら多くのスター選手を生んできた超名門。当然全国からスカウトで集められた精鋭ばかりが、ズラリそろっている。そこへ、初心者の彼がポツンと入ったのだから、結果は歴然だった。

「一年の時は、ずうっとべべ(笑) あそこは自衛隊みたいなもんで、朝10キロ走って、練習が終わったらまた10キロ走る、先輩に逆らったら殴られる。練習が終わるのは夜中の2時、3時なんて時もザラ! キツすぎて、何度やめようと思ったか…」

だが、この超がつくほどの逆境が、彼の“負けず嫌い”に火をつける。

その日から練習メニューとは別に、ひたすら壁打ちをやり始めたのだ。一年上には後にプロとなる福井烈氏がいて「尊敬してた彼に一歩でも近づきたくて『あ、またコートに島内の血がついてる』っていわれるほど練習してたね。周りはアホちゃうかと思てたやろけど(笑)」

文字通り血のにじむような努力の末、3年でやっと補欠に手が届く。最後のチャレンジとなるインターハイ出場を賭けた試合では、ファイナルセットまでもつれ込んだものの惜敗。結局3年間一度もレギュラの座を獲れずに終わった。

カクテルファミリーの絆を作りたい

その後進んだ近畿大学では三年で全日本への切符を手にし、国体でも優勝。さまざまな大会で頭角を現すようになるが、彼を支え続けたのはやっぱりあの、ひたすら上を目指して戦った3年間。

「今もあの3年が俺の宝物。努力と根性、そしては夢をあきらめちゃダメだってことを教えてもらったから」

やがてあちこちから「プロにならないか」という声がかかるようになり、悩んだ末に自分を試してみようと、プロに転向したのはもう25歳という遅さだった。

国内28位まで昇り、あの神和住純プロにも勝ったりと戦績は良かったものの「食えないのよ(笑)これじゃあいかんと思って」31歳で引退。
自らのテニススクール「カクテル企画」を立ち上げた。

実はこの「カクテル」という名前、トム・クルーズの大ファンだったことからつけたんだとか。
「そうだ、トムの主演映画『カクテル』にしよう!ってヒラメいちゃったんだよ。そしたら皆に居酒屋始めたんですか?っていわれて(笑)こりゃいかんと思って企画をつけ足したの」
「カクテル」のレッスンはそのユニークさとアツさで、ちょっと有名だ。
初級、上級といったワクを作らないうえ、球出しの多さ、速さもナミではない。
さらにゲームタイムになると、誰よりもヒートアップ。自らがミスすると生徒相手に地団太踏んで悔しがり、叫び、必ず“倍返しショット”が飛んでくる。
とにかく誰よりもアツいのだ。

そんな彼の夢は、100人以上もいるこの「カクテル」の生徒たちと、大ファミリーを作りたいということ。

「だって仲間やねんから。どんな時も励ましたり、応援したり、お互いに支えあえるようなファミリーになってほしいんだよね。ずっと歳をとっても一緒にテニスを楽しめるような、そんな絆を作っていけたらいいなと」

そしてもうひとつの夢は、もちろん全日本3連覇だ。生徒たちからのラブコールで始めたジャパンへの挑戦、これから何度“てっぺん”に立てるのかが楽しみ。「関東のヤツらばかりに勝たせてたらアカン。関西人がナメラレるからね(笑)」

2013/11/05 取材・文/花井奈穂子 写真/ 小田原大輔