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私的・すてき人

大事なのは“徳育”。拳を通じて人づくりをしていきたい

File.109

達磨拳本部 師家

おおきた かつひろ

大北 勝弘さん [大阪府大阪狭山市在住]

公式サイト: http://www.jcmo.zaq.ne.jp/oasis/darumaken01.htm

プロフィール

1947年 河内長野市出身
1965年 少林寺拳法大阪千代田道院入門
1966年 近畿日本鉄道株式会社入社
1974年 大阪狭山道院長に 5年後には大阪府少林寺拳法副理事長にも就任
2010年 達磨拳設立

「弱い子こそを強くする、それが本来の拳法のはず…」

 

35年以上にわたって少林寺拳法を指導し、1200人もの拳士を育てあげてきた彼が、ふと立ち止まったのは5年前。
「人として一番大切な“徳育”が、ドンドン忘れられてるんやないかと思い始めたんです。強さを競うよりも、自信や勇気を持てる子どもを育てたい。この歳になって、武道を通して人を育てる…そんなことがやりたくなってね」

 

すべてをリセットして、一から始めよう…その決意で生み出したのが、この達磨拳。
「どんなに大変でも自分のやりたい事を、自由に教えられる楽しさ…これに勝るものはなかったんです」

 

まったく無名だった道場は、やがて小さな芽を出し、葉をつけ、今では40人もの生徒たちが通ってくるようになった。
そして「いつか国体という大舞台に出場させてやりたい…」そんなデッカイ夢も進行中だ。

 

 

少林寺拳法との出会い

初めて少林寺拳法を知ったのは、中学2年の時だった。

 

「兄が大学でやっててね、面白いからちょっとやってみないかって勧められたのがはじまりなんです。昔やから発動機とか、いっぱいしまってある家の倉庫に、自分たちで板を張って即席の道場を作ってね。少ない力でアッという間に相手を倒せる…それがもう面白くて一気にハマったんだよね」

 

突き、蹴りといった剛法だけでなく、抜きや関節技などの柔法を駆使する面白さ。さらに相手の力を利用して、科学的にいとも簡単に人を倒せる爽快さ――
技の美しさに魅了された彼は、そこから少林寺ひとすじの道を歩くことになる。

 

そして3年後には、兄が設立した大阪千代田道院に入門し、27才で大阪狭山道院長に就任。自らも多くの大会で活躍する一方で、常に成績上位者を輩出する、名門道場に育てあげたのだ。

 

すべて順風満帆、やりがいに満ちていたはずだった…
だが小さなトゲのように、心に引っかかってくる“違和感”、自分が目指すものとのズレ…

 

少林寺拳法といえば昭和22年、戦後の荒廃しきった世を憂い、勇気と正義を持って次代を担う若者を育てようと、創始者・宗道臣が創りあげたもの。
道を説く手段として始めた性質上、武道だけではなく真のリーダーを目指す「人づくり」の場でもある。

 

しかし、どんな団体も大きくなればなるほど、時代と共に様々な問題や思いの食いちがいが生まれるのは仕方のないこと。
「原点の教えを、自分らしい方法で生かせる道はないもんだろうか…」

 

考えた末に彼は、人生のすべてを賭けてきた少林寺拳法から出家することを決心したのだ。

 

 

 いつか国体に

「イジメや虐待、異常な犯罪が増え続けるのも、“徳育”がおざなりにされてきた結果やと思うんです。今の子は権利の主張ばっかりで、正義や思いやりがない。ここに自転車停めたらアカンって怒っても、『他の人も停めてるやん』って言い訳してくる。そんなんで、国がようなるわけない。仁・義・礼・智・信の五徳、これを子どもたちに教えたいって思ってね、とにかく本を読みあさって猛勉強しました」

 

その結果、中国禅の開祖として有名な達磨大師の教えを軸に、効率よく技を習得できる護身術、そして病気を防ぐための整体や呼吸法などを取り入れた、彼ならではの「達磨拳」が生まれたのだ。

 

とはいえ、何もかもがゼロからのスタート。
「とにかく3年は頑張ってみよう」と道場を開いたものの「半年たっても生徒は4人だけ!(笑)」
だがエイ!っと踏み出した一歩は、彼の人生を大きく変える。組織から飛び出して見れば、そこには意外にもたくさんの出会いや、夢が待っていたのだ。

 

滝修行ができるお寺として有名になった、河内長野の勝光寺の住職とは、ふとした縁で知り合い、今では子どもたちを連れて同寺で合宿を行なわせてもらうまでに。

 

また地元とのつながりも出来て、コミュニティセンターで演武を披露したり、海外からの派遣学生を受け入れたりと、次から次へと新しい世界が広がっていく。

 

そして今、いちばん大きな夢が国体への参加だ。
「『スポーツ拳法』として、いろんな拳法を束ね、柔道や空手のように競技として確立できたら…」
そんな思いはいろんな人を巻き込み、大きな挑戦に向けて少しずつだが船は進もうとしている。

 

この小さな道場で育った子らが、国体に出場してメダルを手にする…いつかそんな日が訪れるのかもしれない。

<2014/2/18 取材・文/花井奈穂子 写真/ 小田原大輔>