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私的・すてき人

誰かに勇気や感動を与えられる、そんな書家に

File.118

書家 アーティスト

あだち じゅんきち

安達 旬吉さん [大阪府貝塚市在住]

公式サイト: https://www.facebook.com/pages/%E6%9B%B8%E5%AE%B6Artist-%E5%AE%89%E9%81%94%E6%97%AC%E5%90%89/237872972938182

プロフィール

1973年 貝塚市出身
2001年 書道を始める
2009年 フリーの書道家として活動をスタート
2013年 泉佐野で初の個展を開催 ペン習字教室や商業デザインも手がける

人の才能はどこに眠っているかわからない。
 
ただ一通の手紙を、きれいな字で書きたくて通い始めた書道教室。
だが、そこには思ってもいなかった“才能”という原石が、転がっていたのだ。
 
「あ、イケる!何かが違う!って思ったんですよ(笑)そうなると楽しくて朝まで書き続けてたりとか…ありあまってるエネルギーが、一気にそこに流れこんだ感じだった」
 
自分にしかできない何か――それを手にしたことで、彼の世界観は大きく動いていく。
 
「それまでの僕は家庭が貧しかったこともあって、やっぱりお金が大事やとか、いろんな屈折した思いがあったんです。でも今は違う……人とのつながりこそ大事なんやって思える。賞というブランドもいらないし、急ぐことも焦ることもない。僕の作品で誰かに勇気を与えられる…それこそ意味のあることやとわかったから」

家族への思いから、仕事に明け暮れた日々

なんとか家計を助けようと、中学の時にはもう新聞配達を始めた。
「母子家庭だったから、食べていくのが精いっぱいって感じやったので、とにかく僕が働かなって思ってました」
就職してからも、朝刊を配ってから仕事に行き、また帰ってきて夕刊を配達するという、涙ぐましいほどの頑張りよう。
だがそこまで働く彼のなかには、妹への深い思いがあった。
 
「妹は小学生の頃から、僕のギターをおもちゃにしてたんですが、『あ、これはスゴイ!』ってあいつの才能にすぐ気がついた。センスも技術も全然違う。だから妹がプロのギタリストになるって言いだした時に、僕はどんな仕事でもやって応援しようと決めたんです」
 
その妹というのが、以前この「私的・すてき人」でも紹介した、今では世界の舞台にも立つギタリスト、安達久美さん
父親がわりといってもいいほど、彼女のギター留学や生活を支え、10年以上にもわたって“縁の下の力持ち”に徹していたのだ。
 
今では女性らしからぬパワフルな演奏とテクニックで、世界からも一目置かれる存在になりつつある久美さん。だが初めから仕事に恵まれていたわけではなかった。
「今の事務所に出会ってから、やっと活躍の場をもらえたというか……妹の苦労を僕もずっと見てましたから、その事務所の社長にお礼の手紙を書きたいと思ったんです。でもあの頃は字がめっちゃ汚なかった(笑)。仕方ないから書道でも習ってみようかと思いついて」
 
一通の礼状を書きたい――その思いが彼の人生を変えたといってもいい。
 
何気なく書道教室に通い始めて3ヶ月、見たことないほどのスピードでアッという間にうまくなっていく彼に、先生も思わず「これは脅威や!」とうなったという。
 
それまで働きずめだった彼にとって、初めて出会った自分を活かせる道。それこそ空いてる時間はすべて書と向き合うほど、夢中になってのめりこんだ。

大事なものは人とのつながり

「妹のために頑張ってきて、あいつもドンドン成功していく。それはすごい嬉しいはずなのに、どこかで僕の人生は何やったんやろとか、実はいろんなギャップに苦しんでた時もあったんです」
 
だが書にめぐり会い、さまざまな人と出会ううち、少しずつ満たされていく自分がいた。
「大事なものはお金や名声ではない、人とのつながりなんやってことをみんなに教えてもらった。それに大事なことには時間がかかる、すぐ結果を出そうとする世の中はちょっと違うなと。淡々と努力していれば、自分の器に合わせて、運命は向こうからやってくるような気がするんです」
 
作品を仕上げる時も同じ。「何かが降りてくるまで」何百枚、何千枚でもひたすら書き続ける。「作っては壊し、作ってはこわして、どこまで自分のカラを破れるかが面白い。純粋に自分と向き合える時間なんです」
 
だから肩書きも欲しいとは思わない。組織にいる意味もわからなくなって、5年前ついにフリーになった。
 
もちろん生徒に教える時も、段や級といった格付けはナシ。
「今せなアカンことをきっちりやり続ける。そうすれば人からいわれる言葉が変わってくるんですよ。初めは『おじょうずですね』そして次は『達筆ですね』いよいよ最後には言葉を失う(笑)それが実力というもの。先生のモノマネをして賞をとっても価値がないんちゃうかなって」
 
「書家として生きて行こう」そう思った時から、時間はすべて“書”を中心に動く。休みの日も絵や陶芸の展覧会はもちろん、さまざまなライブやコンサートにも通って「人の心が動く瞬間って、どんな時なんやろって客観的に考えるんです」
 
「自分の作品が、見た人に勇気を与えられる、感動を与えられる……そんな書家になりたい。でも心が動く、感動するって体験した者にしかわからんと思うんですよね。だからそんな体験を重ねながら、誰かの背中を押すことができるような作品が書けたらいいなと思うんです」

<2014/11/9 取材・文/花井奈穂子>